月光ゲーム―Yの悲劇’88【あらすじネタバレ感想】有栖川有栖のデビュー作にして壮大な密室殺人事件

あらすじ

夏合宿のために矢吹山のキャンプ場へやってきた英都大学推理小説研究会の面々―江神部長や有栖川有栖らの一行を、予想だにしない事態が待ち構えていた。矢吹山が噴火し、偶然一緒になった三グループの学生たちは、一瞬にして陸の孤島と化したキャンプ場に閉じ込められてしまったのだ。その極限状況の中、まるで月の魔力に誘われでもしたように出没する殺人鬼。その魔の手にかかり、ひとり、またひとりとキャンプ仲間が殺されていく…。いったい犯人は誰なのか。そして、現場に遺されたyの意味するものは何。

(東京創元社より)

感想・レビュー

有名ミステリ作家の有栖川有栖さんのデビュー作。

有栖川さんは、エラリー・クイーン鮎川哲也などが好きということも「黒いトランク」を読んだときに知りました。

いつか読んでみたい一人の作家さんでしたので、この機会に。

まず端的に言うと好みが分かれるかなぁと思った作品でしたね。

誤解のないように先に補足をしておきますが、この令和という時代のミステリ感性をもった読者として書いていきますのでご注意ください。

私は昔の人気小説を読むときには、その人気作品は時代のふるいにかけても色褪せない面白さなのかどうか?ということをある程度意識しているのでその点もご了承願いたいです。

まずクローズドサークルものとして、純粋に楽しめる作品です。さらにそれを近くで火山噴火の起きたキャンプ場という大きなスケールなのも魅力的で、トリックも間違いなく論理的に展開されていくのでちゃんと楽しめる要素はあるのです。

ミスリードや設定環境を巧みに扱うことによって、最後までリーダビリティが持続しているところも良いポイントでしたね。

最後の駅の終わり方なんかも嫌いじゃないです。

ですが、手放しでは褒められないかなぁというのが正直なところですかね。

まずこの作品は、論理的な謎解きを純粋に楽しむクラッシックなミステリ作品だとは思うので、現代本格のような、衝撃的なトリック、文学的な動機、大どんでん返し、なんていうのはありません。

別にそこは良いんです。ですがここからは少し思ったことを書きますね。

まず登場人物(容疑者候補)が明らかに多すぎます。それが古典的だという小説読みは流石にいないと思いますが。

まだそれだけならいいんですけど、その人物たちには渾名があるので、ぜったい混乱しますし、文章にアンフェア感が滲み出てくるんですよね。

熱心な読者はノートに登場人物の渾名のメモを残したりするんでしょうけど、まぁ少ないです。この時代はそういった熱い時代だったのかもしれませんが、現代はメモはおろか、ただでさえ小説を読む人も少ないです。

で、そうなってくると読者は、登場人物をうろ覚えで読み進めていきますよね大半は。結果、まず没入感が薄れていきます。ついでスケールの大きい臨場感も薄れてしまいます。

こうなってくると人物の持つ力が薄れてゆき、犯人なんて誰でもいいんだよねっていう状態になります。

じゃあ読者は次に何を求めて本を読み進めるのか。ついで本作は何で勝負すのかって言うと「どうやったか(方法)」と「どうして(動機)」しかないんですよね。

多分本作は、「誰がやったのか(犯人)」フーダニットに重きを置いていると思っているのですが、その時点でやはり時代のズレはあるのかもしれません。これは悲しいことかもしれませんがね。

今の時代の犯人探しは、個人的な勝手な見解ですが、頭の中で軽く考えて、とにかく読み進めることです。わざわざノートを開いて、人物名称、謎、時間軸を整理して、一度小説を読み返えしたりして犯人当てする読者なんて殆どいないんじゃないでしょうか。

でもこの作品はハウダニットも地味になってしまうので、必然的に読者はホワイダニットを意識しだすのですよね。

で、そのホワイダニットが薄い、薄すぎるというか、適当すぎるというか、取って付けたような動機なので、推理を論理的に楽しむ方にシフトしているのはわかるのですが、やはり小説として少し厳しいかなと思いました。

もちろん本作でいえば恋心からはじまる殺人なんでしょうけど、幾らなんでもバカにされたからじゃあ殺すというのは、ほぼ精神患者が犯人という元も子もないミステリと差がないような気がするんですよね。

そうなってくると論理的なトリックをどれだけ組み込もうとフェアだったなぁこの作品と私としては言いにくかったですね。もちろん、登場人物の渾名撹乱など全部を含めてですね。

シンプルな謎解きを楽しむ作品ならそもそも、そういったところもシンプルにかつ誰が読んでも覚えられる程度に留めておいてほしかったですね。

まぁ当時の新人デビュー作なんで、そんなこと何十年も経ったあとに言われても仕方ないんでしょうけど。

他作品を比べるのはあれなんですけどこの時代の綾辻行人さんのデビュー作「十角館の殺人」は、そういった点では遥かに読みやすかったかと。

多分未だに初見には通用するトリックや驚きなんじゃないでしょうか。私は別に作綾辻さんの信者でも何でもありませんが。

つまり、やたれた!と感じる作品が本当のミステリにおいてフェアだと思うのは私だけでしょうか。

というのが私の見解ですね。もちろん魅力的な部分もありましたし、読ませる力を感じました。

クラッシックなミステリとしての評価は高いのかもしれませんが、私としては全体的な小説の評価としてもまぁまぁ、もしくはそれより少し劣るかなぁといった感じでしたね。

現代に生まれた時代がそのような評価をさせるのか、たんに私の感性がずれているだけかもしれませんが、正直なことを書いたつもりです。

ポジティブに捉えると、それくらい以降のミステリ作家のレベルが上がったという良い証拠なのかもしれませんね。

それでは今日は終わります。最後までお読み頂きありがとうございました。

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