あの本は読まれているか【あらすじネタバレ感想】一冊の小説が『兵器』として世界を変える!

あらすじ

冷戦下のアメリカ。

ロシア移民の娘であるイリーナは、CIAにタイピストとして雇われる。だが実際はスパイの才能を見こまれており、訓練を受けて、ある特殊作戦に抜擢された。

その作戦の目的は、反体制的であるとして共産圏で禁書とされた小説『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民の手に渡し、言論統制や検閲で迫害をおこなっているソ連の現状を知らしめること。

一冊の小説で世界を変えるべく、危険な極秘任務に挑む女性たちを描いた傑作長編を文庫化!

(創元社より)

感想・レビュー

このミステリーがすごい!海外《2021年》第九位ノミネート

翻訳は吉澤康子さんです。

原題:『”The Secrets We Kept”』

本屋さんで見かけた時に、タイトルが良いなぁと思い、その日は文房具を買うつもりで、特に本を買う予定もなかったんですけど、つい買ってしまいました。(本屋あるある)

まず読了後の所感としては、派手な展開などはないけれど「人」がよく描かれており、ヒューマン系映画のような雰囲気で楽しめたという感じでしょうか。

文庫本で読みましたが、かなりボリュームがあり読み応えがありました。

私は本作を読んでから色々と調べて知っていったのですが、多少のフィクションを混じえながらだとは思うのですが、この話が現実に起きていたことなんだと知ってとても驚きました。

「小説」「文学」がこの様にして人々に、変化を与える力があるのだなと、改めて思い知りました。

さて物語は、大きく分けると「西側(アメリカ)のCIAタイピスト」と「東側(ソ連)ボリス・パステルナークと愛人のオリガ」の2つの視点で1949年〜1961年まで物語が動いていきます。

時代背景は、第二次世界大戦後のソ連とアメリカの冷戦下を舞台に描いています。

アメリカ側は主に、CIAタイピストたちの日常や、スパイ活動、長年隠されていた性的マイノリティーの差別などが描かれていました。

対するソ連側では、『ドクトル・ジバゴ』を描いたボリス・パステルナークとその愛人であるオリガが描かれていました。

本作はその様に二つの物語が同時に動いていくので、感想が難しいので分けたいと思います。

西側(アメリカ)

まずはCIAタイピストたちですね。

彼女たちは、今で言うOLのような日常を繰り広げながら、この時代の波に揉まれている。

現在よりも仕事において男が強い権力を持っていたり、冷戦下なので、適正がある者はスパイ活動を求められたり、宇宙開発競争、核開発など、冷戦下ならではの時代背景です。

この章の中でやはり印象強いのは、タイピストの一人であるイリーナと、受付嬢であるサリーの物語ですよね。

彼女たちは、共にスパイの適正があり、上司と部下の関係にもなるのですが、二人は同性愛者だったのです。

徐々に仲良くなり、二人は関係を持ちますが、様々な環境要因から結ばれることはありませんでした。

この辺りの話は、恋愛小説のような悲哀で胸が痛かったですが、お話として面白かったです。

おそらく西側はフィクションが多めなんでしょうね。

『ドクトル・ジバゴ』という一冊の小説が【兵器】として描かれていたのも、とても興味深いなと思いました。

東側(ソ連)

この時代のソ連側は、共産主義が色濃く残る時代で、言論統制や検閲で、国民から自由を奪い迫害行為が目立っていました。

そんな中、小説家であるボリス・パステルナークが、現在のソ連を描いた渾身の恋愛小説『ドクトル・ジバゴ』を書き上げます。

それを影で支えた一人の女性が愛人のオリガ・イヴァンスカヤです。

このオリガは、『ドクトル・ジバゴ』が完成する前に愛人で情報を知っていると睨まれ、強制収容所に3年入れられました。

この辺りの描写は、かなり過酷で悲惨なものでした。

オリガはこの時に、ボリスとの子供を流産しています。(その後に二人の兄妹が生まれます)

時系列的には1953年辺りで、このタイミングでスターリンが死にます。世界的にも冷戦状態は、一時的に雪解けムードになり、オリガは想定より早く出所出来ました。

再会したオリガとボリスはまた関係を続けます。

そして元気になったボリスはついに『ドクトル・ジバゴ』を完成。ですが共産圏のソ連では出版は認められず、発禁処分をくらいます。

そこでイタリアから出版の話が持ち上がり、この小説を世界中の人に読んでほしいと願っていたボリスは承諾してしまいます。

この選択の結果、『ドクトル・ジバゴ』は本国ソ連を差し置いて秘密裏にイタリアを起点に様々な海外で出版され、徐々に人気を博していきました。

この時に活躍したのがアメリカ側のイリーナです。西側と東側がお話上で合流することはありませんでしたが、この様な構成で繋がりが描かれていました。

ソ連側では元々警戒されていた『ドクトル・ジバゴ』ですから、当然この報告は入っています。

この展開的には、ボリス・パステルナークは即刻処刑確定かな?と思ったのですが、あれよあれよと広まっていった『ドクトル・ジバゴ』はまさかのノーベル文学賞に選ばれます(実話です)

作中でもソ連の非道さを描いていますから、こうなるとソ連側も簡単にボリスを処刑することは出来ませんが、自国が発禁処分した本がノーベル文学賞を受賞したというのは、不名誉でしかありませんから、辞退するように勧めました。

ボリスは圧力をかけられ、渋々ノーベル文学賞を辞退します。(死後、再度ノーベル文学賞が与えられた)

その後、急速に老いていき、やがて病死します。

この時の葬儀でシェイクスピアの『ハムレット』の言葉が使われますが、ドクトル・ジバゴの内容?の一つでもあるんですかね?

すごく効果的な演出だなと感じましたが、これもおそらく実話らしいです。

それまでの道中では、オリガが彼を愛する気持ちと老いていく彼を見る切なさと、保身に走る心情に理解出来ない者はいないと思います。

強制収容所の過酷な世界を見たオリガ。そのきっかけはドクトル・ジバゴ。だが彼女はそのドクトル・ジバゴを今ではなかったものにしようとしているその矛盾。

あとはオリガの子供たちの成長、ボリスの奥さんなどの描写も丁寧に描かれていて、何とも言えない気持ちになりました。

特に奥さんはとても気の毒なように思えますし、かといってオリガや息子たちも同じく。

全てはボリスの選択の結果ではあるので、彼はとても罪深い作家にも思えましたね。

エピローグ

エピローグでは、時系列がおそらく2000年代に突入した『元タイピストたちのその後』が描かれて、物語の幕が閉じます。

この時に、古本屋で30年間商売をしていた年寄り(イリーナ?)がイギリスで逮捕されたニュースが描かれており、とても鳥肌が立ちました。

旧ソ連にアメリカの情報を流していた、ということらしいのですが、これってイリーナが二重スパイだったという解釈でいいんですよね?

うわぁ、と最後にとんでもないミステリ的サプライズ(どんでん返し)があったのですが、そうなってくるとより彼女の心情に思い当たる節が確かにあったように思えてきます。

特にテディと結婚しなかった意味は、サリーとの関係にも思えましたが、それは『二重スパイ』を隠す為の読者に対するミスリードだったということでしょうか。

二重スパイ活動を疑うCIAが描かれていましたが、最初からそういう狙いだったんですかね。笑

イリーナは確かに、サリーに何かを言おうとしていたが最後まで言えなかった。それは恋愛に対してのことだと思っていたが、実はそれだけではなかった…ということか。

その後も二人が会うことはなかった。

でも最後に2000年代初めに亡くなった名もなき女性(サリー?)と本屋を営んでいた、という解釈をすれば、確かに多少は報われるような気もしますね。

こうなってくると、イリーナが何故そうなってしまったのか?という過去が余計に知りたいですよね。

彼女は亡命ロシア女性の娘で、ロシア系アメリカ人という情報だけなので、ソ連との繋がりがどこであったのか、全くわかりません。

描けるならここも描いて欲しいような気もしますが、冷静に考えると、この時代の情報戦のようなスパイ活動は日常的に行われていたと考えると、然程特別な展開でもないのかもしれません。

母親がロシア人=「適正」という言葉が一番収まりが良さそうですかね。笑

いまこうして感想を書きながら思ったのですが、とんでもない構成力だなと感心しております。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

この様に、二つの物語に共通する点は、女性の生き様が強く描かれていた、ということですね。

強く生きる者もいれば、事なかれで生きる者もいる。その強さの中にある弱さも描かれており、まさによく人間が描かれているなぁと思いました。

そもそもボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』を扱った映画が60年代、テレビドラマが2000年代初めに放映されたりもしているそうです。

個人的にはノーベル文学賞作家の本はたまに読むので、『ドクトル・ジバゴ』を実際に読んでみたいなと思いました。

なお著者のラーラ・プレスコットさんは、本作がデビュー作らしいです。

更に解説によると本作は、デビュー前からオークションで各社が出版権を多額の金(2億)で取り合ったそうです。

アメリカやイギリスなどの編集事情はエージェント制度で、日本の出版界と違うというのは、出版系の本で知っていましたが、このオークション制度は初めて知りましたし、とても面白い制度だなと思いました。

だから映画の『ジュラシック・パーク』とかって、スピルバーグが出版前に買い取れたんですかね?笑

話逸れましたが、本作が力作であったことは間違いありません。

ただ視点や人称が頻繁に変わり、文章を読みながら語り手を理解する硬派なスタイルではあるので、初心者向けではないですね。

では今日はここまで。お読みいただきありがとうございました。

読了後、時が経つにつれて「あの本は読まれているか」というタイトルが嫌にかっこいいなぁと思うこの頃です。

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