あらすじ
殺ぎ落とした文章で人間の内側を覗く緊迫感
以下収録作品
「或る朝」「真鶴」「速夫の妹」「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」「赤西蛎太」「転生」「荒絹」「クローディアスの日記」「范の犯罪」「剃刀」「好人物の夫婦」「雨蛙」「冬の往来」「老人」「矢島柳堂」「城の崎にて」「焚火」「網走まで」「灰色の月」「奇人脱哉」「自転車」「白い線」「盲亀浮木」「沓掛にて」「リズム」
(筑摩書房にて)
感想・レビュー
ちくま日本文学全集シリーズの【志賀直哉】版です。同シリーズでは【川端康成】を読みました。
そして私自身、志賀直哉を読むのはかなりお久しぶりになります。
志賀作品は以前にも読んでいてこの全集で、読んだことのない作品が読めたので殆どの作品は読めたかなと思います。
個人的に読んだことのない作品は、「或る朝」「真鶴」「速夫の弟」「転生」「好人物の夫婦」「雨蛙」「冬の往来」「老人」「灰色の月」「奇人脱哉」「自転車」「盲亀浮木」「沓掛にて−芥川君のこと−」「万華鏡(解説)」と13作品ほどありましたので、とても読み応えのある一冊でした。
どれも魅力的なものばかりで驚いたのですが、何より文章が本当に読みやすい。
個人的には「速夫の弟」「或る朝」「真鶴」「好人物の夫婦」「冬の往来」「自転車」「白い線」「盲亀浮木」などが良かったですね。
志賀直哉らしさが全開というか、切り取られた日常の一面には、郷愁だったり、馬鹿馬鹿しさだったり様々な情が描かれていてすごく俯瞰して読める。
他にも相変わらずな「男女の関係」や「罪の意識、良心の呵責」といった内面を書くのも上手いのですが、今日は一つ取り上げたい作品がありまして、それが「沓掛にて−芥川君のこと−」ですね。
簡単にまとめるとこの「沓掛にて−芥川君のこと−」で志賀直哉は、芥川龍之介が自死するまでに七度ほど会ったときのことを回想するだけの随筆みたいなものです。
当時の二人の関係性は聞いたことがありましたが、志賀直哉視点から見ると芥川龍之介という男は、こういった風に見えていたのかと。
その中でも芸術を理解できないといつも述べていたその芥川龍之介が、死んでしまったと聞いたときの志賀直哉の心情がとても印象的で鏡のように映し出されていたように思えました。
少し引用させて頂ます。
私は芥川君の死を七月二十五日の朝、信州篠の井から沓掛へ来る途中で知った。
それは思いがけない事には違いないが、四年前武郎さんの自殺を聞いた時とはよほど異(ちが)った気持ちだった。乃木大将の時も、武郎さんの時も、一番先きに来た感情は腹立たしさだったが、芥川君の場合ではなぜか「仕方ない事だった」と云うような気持がした。
私にはそう思うような材料があったわけではないが、不思議にそう云う気持が一番先きに来た。
(志賀直哉【−沓掛にて−芥川君のこと−】より)
なんというか、今風に言うならば志賀視点から見る芥川は、ノリの悪い、どこか卑屈さもある孤独な若者に見えます。
当時の文壇や若い作家っぽいなぁとは思いますが、どこかそれを乗り越えて死んでしまいそうな危うさが芥川龍之介には常にあったのでしょうね。
太宰治とも違う、有島武郎とも違う、芥川龍之介にしかない孤独さが。
他にも道中に出てくる名だたる小説家たちも豪華なメンバーで興味深く読めましたね。
道中では、私の好きな「網走まで」「剃刀」「范の犯罪」「清兵衛と瓢箪」なども久しぶりに読んでみたりしましたが、やはり面白かったです。
また別の作品を再読してみたいですね。原点に帰る気持ちで。