わたしを離さないで【あらすじネタバレ感想】ノーベル文学賞作家『カズオ・イシグロ』が描く、哀しき運命の人たち

あらすじ

優秀な介護人キャシー・Hは「提供者」と呼ばれる人々の世話をしている。生まれ育った施設ヘールシャムの親友トミーやルースも提供者だった。キャシーは施設での奇妙な日々に思いをめぐらす。図画工作に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちのぎこちない態度…。彼女の回想はヘールシャムの残酷な真実を明かしていく―全読書人の魂を揺さぶる、ブッカー賞作家の新たなる代表作。

(早川書房より)

感想・レビュー

このミステリーがすごい!海外《2007年》第10位ノミネート。

2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロさん。

イギリス文学の最高峰ブッカー賞を受賞していたり、作品数は多くはありませんが、一作一作が力作揃いということで、いつか読んでみたいと思っていました。

国籍はイギリスということですが、日本生まれで当時は話題にもなりました。また最後にプロフィールを掲載しおきます。

さて、まず本書を読んだ所感としては、素晴らしかった。素直に面白かった。

読了後の余韻に浸り、また最初から20頁ほど読み返してみた。

私はあまりそういうことはしないタイプですけど、この作品は、そうするべきだと思い、導入部まで読んでみて、しっかりと物語の全体像を再確認もできて、また余韻に浸りました。

物語のことをどれくらい書こうか迷っているのですが、本作はかなり奇怪な作品であり、まずはじめに断っておきますけど、まだ未読の方は、ネタバレをしない方が絶対に深く楽しめるようになっています。

一応、日本のこのミス海外編でノミネートされているので、ミステリーなのかしらと勘違いする人もいるかもしれませんが、本作はミステリではない、と個人的には思っています。

本作の特徴は、最初は伏せられた世界観を、一人称の過去回想で振り返っていき、徐々に明かされていく、という形式なので、その辺を考慮してネタバレを気にする方は、ここで引き返した方が良いとだけいっておきます。

では、ここから感想を書いていきます。

まずは、主人公のキャシーは女性。31歳。現在はイギリスの各地で11年以上も『介護人』をしているという紹介が本人からなされます。

でもその『介護人』も辞めるとのこと。

まずこの時点で、私は老人ホームとか障害者施設などの介護職員なのかな、と思いましたし、それが普通の解釈なんですけど、この『介護人』はそう単純なものではありませんでした、ということも物語が過去に戻るにつれてわかってきます。

冒頭部分でわかるのは、キャシーは『提供者』と呼ばれる者を介護する仕事をしていること。

そしてキャシーは、『ヘールシャム』という施設の出身者だということが判明しました。

冒頭も束の間、その『ヘールシャム』で過ごした幼年期から過去回想が始まっていきます。

幼年期から友人の話だったり、思春期に入り、それっぽいハイスクール的な話が進んでいくんですけど、彼ら彼女らは、どうやら外の世界には出られない全寮制の施設にいるのだとわかってきます。

ただ本当にどこの学校にでもあるような平和な一面が続くのですけど、独自のイベントなどが插入され、次第になんか歪な環境だな、と感じてきました。

それでも生活自体は、普遍的な施設という感じで、読み手としても、素直に青春の時代を読んでいる感じは続きました。

ですがある日、保護官の先生が『ヘールシャム』で生活する生徒たちに、ぼかした『真実』の断片を話しました。

【あなた方は臓器を提供する為に作られました】

『提供者』の意味の正体は明かされました。そして生まれてきた、ではなく作られた、と。

この辺りで、もう『ヘールシャム』という施設は、ただきな臭いだけでは済まされず「何かまだあるぞ」となり、正体の見えない不気味さが襲ってきました。

キャシーを含め、やがて生徒たちは『ヘールシャム』を卒業します。

その後も『提供者』となるための時間潰しのような『コテージ』という場所に移され、各々生活しますが、この時キャシーたちは初めて外の世界を知るんですよね。

もう全てが異常なんですよ。笑

その後『提供者』候補たちは、まず『介護人』となり、その後自分たちも『提供者』たちとなって、何度かの提供を終えると使命を果たして、この世を去るのですが、もうこの真実が悲しくて悲しくて。

でもこの作品は、お涙頂戴とかではなく、私も泣くほどではなかったので、それよりもキャシーやその友人のトミーやルースたちも間違いなく普通の人として最後まで生きていた、ということなんですよね。

この世界観では、医療の発展に伴い、『臓器提供』の数が足らないことによって『臓器提供』の為だけに生み出された『クローン』を成人まで育てるという施設が各地であった、と後に明かされるのですが、その中でもキャシーたちが過ごした『ヘールシャム』はかなり平和な環境だったことがわかります。

保護官のエミリー先生がそれを説明していましたが、そもそも人間扱いされないクローンは、ヘールシャムのように教育や食事、寝床、様々な授業、学校のような環境など用意してくれないと。

だからキャシーたちはまだ幸せだったと。その為にエミリー先生やマダムが莫大な借金を背負ってまで施設を運営してくれたことは、それはもう慈善以外にはないんですから攻めらるはずはないです。

ここで私が感じたのは、そもそも本作の見せたいところは、この魅力的なシナリオでも世界観でもなく、大袈裟かもしれないが、もしかしたら起こり得るかもしれない人間が持つ残虐性への警鐘なんだと思いました

人間が犯した大地の蹂躙ぶりは、もう言うまでもありませんが、今度は人間が人間扱いしない時代が来てもおかしくないと。

もう既に奴隷とか差別で幾らでもそういう残虐性は確認済みなので、やはり起こり得る未来の警鐘なんでしょうね。

少し話をシナリオに戻しますが、キャシーたちは提供の日々が近づき、仲間たちは続々と使命を果たしていくなか、それなりに生きていたんですよね。

それが逆にどうしようもない悲哀や儚さを感じさせるのですが、この辺のバランス感覚は絶妙的な上手さだなと思いました。

設定を前にだし過ぎてもSFチックになりすぎるし、かといって悲しみを全面に押し出すと、フィクションさが濃くなる。でもそれを著者は、表情で訴えてきた、景観や小道具を使って醸し出してきた、というのがとても良かったですね。

淡々と自分たちの宿命を受け入れる異常さも、切なさも、色々な感情がぐちゃぐちゃになりそうになって、終盤でトミーとキャシーが泥まみれになって抱き合う。

結婚も子供も産めない、家族も作れない。人並みの幸せを知っているようで、何も知っていない。

作中でもあなた達は学んでいるようで何も学んでいないというシーンがある。

それは例え知ったとしても、どうしようもないという未来だけが待っている。

それを考えると心が締め付けられる。こんな人生があっていいのか、と。

キャシーは、介護人になってから孤独の時間を過ごしていた。そのせいか会話でも脳内でもよく過去を振り返ろうとする。親も身内も知らない彼女にとって『ヘールシャム』で過ごした時間は、唯一かけがえのない大切な日々、想い出だったのだろう。

最後は来たる『提供』に臆せず、前を向こうとする。いや前を向くしかないのかもしれない。

普通はもっと嘆き悲しんでもいいと思う。でもキャシーは、そうしなかった。

特異な環境で育ったことが、そうさせたのか。それでも彼女は、長年の介護で多くの提供者を見送ってきた。自分の終わりを知っているはず。

我々は読者は、何故もっと反抗しないんだ、と悶々とするけど、それは外の世界の住人だからに過ぎないのかもしれない。

これらのシーンは、何かを訴えられたかけたような、心に残る場面でした。

あとは純粋に一つ気になった点もありまして。個人的に面白かったのでそこまで問い詰めたい訳でもないのですが、先程我々読者は、外の住人に過ぎないとか書いといて何なんですけど、やっぱりヘールシャム出身者しかり『提供者』たちは、外の世界に解き放たれてあぁも大人しく『提供』に従うものなんですかね。

どうせ先が見えた人生とわかり、暴れたり、色々な暴挙に出てもおかしくないような気がしなくもないのも本音。

そもそも『提供者』たちって本籍とかも存在しないんですよね?その辺にはちゃんと触れられなかったのでよくわかりませんが、車も乗ってましたけど免許とか取得できるのでしょうか。

医療に関してもそういう面が気になりましたね。時代背景は80年代、90年代?辺りですよね。

まぁいいです。笑)気になった点はこれくらいですかね。

とにかく良い作家に出会えた、という喜びの方が大きいので。今日はこの辺で終わります。

改めて振り返ると本作は、とにかく読んでみて、肌で体感してみるのが一番ダイレクトに伝わるのではないか、そういう稀有な作品だったと思います。

ではまた。

PS:翻訳は土屋雅雄さんです。

カズオ・イシグロ/Kazuo Ishiguro 

1954年11月8日長崎生まれ。 

1960年、5歳のとき、海洋学者の父親の仕事の関係でイギリスに渡り、以降、日本とイギリスのふたつの文化を背景に育つ。 

その後英国籍を取得した。ケント大学で英文学を、イーストアングリア大学大学院で創作を学ぶ。 

1982年の長篇デビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年発表の『浮世の画家』でウィットブレッド賞を受賞した。1989年発表の第三長篇『日の名残り』では、イギリス文学の最高峰ブッカー賞に輝いている。2017年にはノーベル文学賞を受賞。2018年に日本の旭日重光章を受章し、2019年には英王室よりナイトの爵位を授与された。 

ほかの作品に、長篇『充たされざる者』(1995)、『わたしたちが孤児だったころ』(2000)、『わたしを離さないで』(2005)、『忘れられた巨人』(2015)、短篇集に『夜想曲集』(2009)、ノーベル文学賞受賞記念講演『特急二十世紀の夜と、いくつかの小さなブレークスルー』(2017)がある(以上、すべて早川書房刊)。 

2021年発表の『クララとお日さま』は、6年ぶりの新作長篇でノーベル賞受賞第一作にあたる。

(ウィキペディアより)

紹介した本